ballerina's TECHNO tumblr
売上レポート!
さてさてさいきんはまるで売れないアフィリの累計売上レポートをここに発表してしまいます、、、
2005年1月1日~2010年10月9日、、、
第10位!、
エミリー・ローズ デラックス・コレクターズ・エディション [DVD]
注文数:8
やはりいまだにオレにホラー映画のイメージを持っているひとが多いだけあって、ホラー系のひとのアクセスが多いのでしょう。それでこんな目立たない映画が売れてしまう、、、
第9位!、
スマイルBEST 小さな悪の華 [DVD]
注文数:9
これもホラー系になるのか。予約の時点からリンク貼ってたし、なんとなくこれは売れる気はしていた、、、
第8位タイ!、
ドラキュラ血のしたたり [DVD]
注文数:10
いちおうホラー系だが、これはなんでこんなに売れたのかオレにもよく分からない、、、
第8位タイ!、
ピクニック at ハンギング・ロック ディレクターズ・カット版 [DVD]
注文数:10
これはイチオシでしたからね。むしろ少ないくらいと思いますが、ピーター・ウィアーのBOXセットも3セット売れてるので実質13です、、、
第6位!、
汚染された世界(紙ジャケット仕様) [Limited Edition]
注文数:11
あまりCDは売れないんですが、突如これだけ大ヒットした。これも謎だな。ちなみにプログレブログを開設してからは1枚も売れていない、、、
第5位タイ!、
ガールズ/恋の初体験 [DVD]
第5位タイ!、
異形の監督ジェス・フランコ―ユーロ・トラッシュ映画がほこる巨匠のすべて (映画秘宝COLLECTION) [単行本]
注文数:12
じつはこのふたつが一番のオシだったんですけどね。こんなもんでした、、、
第3位!、
クリスチーナ・リンドバーグ in アニタ [DVD]
注文数:15
第2位!、
クリスチーナ・リンドバーグ in 露出〈ヘア無修正版〉 [DVD]
注文数:28
すさまじいですね。じつはBOXも6セット売れてて第11位なんですよ。ちなみにゼイ・コールー・ハー・ワン・アイはリンクを貼るタイミングが発売からだいぶ遅れたために2枚しか売れてません。惜しいことしました、、、
第1位!、
不良姐御伝 猪の鹿お蝶 [DVD]
注文数:30
なんとクリスチーナ・リンドバーグ系でワン!ツー!スリー!フィニッシュ!でした。この不良姐御伝に関してはBOXがない分が有利に働いての1位なんですけど、それでも凄いですよね。クリスチナさまさまです。ちなみにクリスチーナ・リンドバーグ in スウェーデンSEXはリンクを貼らなかったため売れてません。商売下手を思い知らされます、、、
以上!、、、
毒豚死す!?
さてさて、ひさしぶりの長文日記である。なんか「もうツイッターでいいや」と思い切ってはてなの日記は削除してしまいましたが、どうしても今日だけは長文日記を書かなければならなくなりました、、、
さてタイトルの『毒豚死す!?』ですが、これは2007年3月31日に毒豚師匠からいただいたメールの表題である。毒豚師匠といっても、もうオレの日記を読んでいるひとの9割方は誰のことだか分からないと思う。おそらくそうだろう。もう何年もオレの日記にもこの名前は登場していなかった。ある種、ネット上から毒豚師匠は消え去っていたのである、、、
さてさて毒豚師匠がネット上から消え去っていた件は後述するとして、この毒豚師匠、オレのネット人生10年強のあいだで一番親しくしていたひとであろう。何度直接会ったかな?、ちょっと分からないな。ふたりで新幹線に乗って名古屋まで乗り込んでいったこともあった。大阪のときはオレが金をけちって高速バスに乗って師匠は新幹線と、別々に行ったりもした。千葉県のいかがわしい違法コピー商品の置いてあるビデオ屋にも行った。まあ、それもいいや。とりあえず先の『毒豚死す!?』のメールを晒そう、、、
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2007/3/31 9:17
件名:毒豚死す!?
ワシの今の生活パターンはうつ病に掛かり精神科に通い始め一年目、本業中は抗不安剤を飲み続け自分を騙し騙し働いてます。余暇ではスロットで副収入を得て日帰り温泉とマッサージで深夜は友達と長電話です。会社の給料じゃ維持出来ない暮らしですよ‥(爆)
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これは毒豚師匠からのメールのなかではかなりまともなほうである。ふだんなら誤字脱字の連発、さらには「おはブチ~」とか「ニョキッΩ」などの常人ならば意味不明の言葉が羅列されている。俗にいう2ちゃん語、その2ちゃん語から枝分かれしていったのであろう毒豚師匠考案のパラ語と呼ばれる新たな言語である。まあ、そんなたいそうなものではないが。それはさておき、メールとはいってもそれは個人情報であるので、オレ宛てのメールだからといってオレが勝手にウェブ上に公開するのはいけないことではあるが、でもいいんだ、晒してしまおう。なにしろもうすでに当の本人毒豚師匠に「メールを晒してもいいか?」と許可を貰うことはできないので、、、
さてさてさて、空気の読める、行間の読める、賢明な方ならすでにうっすらとはお気付きであろう。その予感はたぶん的中である、、、
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火災:前橋で住宅全焼 43歳男性が焼死 /群馬
2日正午ごろ、前橋市六供町、会社員、大沢一弘さん(43)方から出火、木造2階建て住宅約85平方メートルを全焼し、焼け跡から大沢さんの遺体が見つかった。前橋署によると大沢さんは母(69)と2人暮らし。出火当時、母は近くで経営する飲食店にいて無事だった。出火原因を調べている。
近くに住む会社員、高野健治さん(64)によると、炎上中の家の1階に、人影が見えたため玄関近くのガラスを足でけって割った。大沢さんが家の中に倒れているのが見え、消防隊員が救助したが死亡が確認されたという。
大沢さんの勤務先の上司(59)によると、大沢さんは体調不良を理由に6月28日から欠勤していた。上司は「20年以上勤めてこれまで長期間休むことはなかった。火事と聞いて本当に驚いた」と話した。【角田直哉】
毎日新聞 2010年7月3日 地方版
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最初の一報は「毒豚さんこと大沢一弘さんが先月亡くなられました」というだけのものであった。このときオレは「事故かなにかですか?」と返信したのだが、心の大半を占めていたのは「もしかして自殺??」というものである。「そんなこと思ってはいけない」という思いとは裏腹に鬱病を患っていたことも知っていたし、じっさい「ちょっと普通の精神状態じゃないな」と思えるようなメールが来ていたこともあった。その後、火事による焼死との連絡が来たときには少し安心した。自殺するにしても焼身自殺はないな、と思えた。もちろん自殺の可能性がまったく消えたわけではない。でも焼身自殺って世の中になにか訴えることがあるひとの死に方だよな。チベットの坊さんが中国政府に抗議する、そんなような死に方だ。それはない、ない、ない。自殺なんて勘弁してくれよー、、、
さてさて、オレは死人にたいしては冷たい人間である。いや、死人にたいする世間の反応にうんざりしているのである。映画【ファントム・オブ・パラダイス】のオープニングの歌を覚えているだろうか?。売れない歌手が病気の妹のために自殺する歌。売れない歌手エディは病気の妹の治療費を稼ぐために自殺してしまうんだよ。そして発売された追悼アルバムは大ヒット、っていうあの歌だ。ロックスターの死は最高のエンターテイメント!。マイケル・ジャクソンが死んで映画は大ヒット、さも昔からファンでしたというひとが急増。け、っと思うね。ネット上ではロックスターよりも知る人ぞ知るサブカル界のバイプレーヤーのほうが盛り上がる。ニュースサイトに小さく誰かが死んだ記事が載ると、われ先にと「本日名脇役の○○さんが亡くなられました、謹んでご冥福をお祈りいたします」などとツイート。お前はその○○のいったいなんなんだよ?!、と言いたい。祈ってなんかいないくせに!むしろツイートするネタができて喜んでるくせに!。タイムラインの先頭に立ててさぞご満悦のことだろう。世間はひとの死が大好きだ。と、話がそれた。ともかくそんなひとたちと同じ穴にはいたくないので、たとえ本当にオレがファンで悲しいと思ってもひとの死にはいっさいなんの反応も示さず無視することに決めた。なのでオレは死人には冷たいのである。謹んでお祈り申し上げます、などと言う気はない。オレはそういう心のこもっていない挨拶や定型文が大嫌いなんだよ!。たとえばだ、たとえばである、朝の挨拶を「おはようございます」ではなく「きょうもかわいいね」に日本語を変えたとする。朝会社に行くとすれ違う男性社員が次から次へと「きょうもかわいいね」「きょうもかわいいね」と言ってくる。いかに言葉に心がこもっていないか分かるだろう。まあ、極論だが。えらく話しがそれた、、、
さてさて、毒豚師匠との最初の出会いは、もう何年前になるのか、オレが前の会社をリストラされたころであるので、もう7~8年前くらいにさかのぼる。オレは自動車販売ディーラーで営業マンをしていたんだが、メーカー本社の不祥事により業績悪化、「リコール隠し」という言葉が記憶に残っているひともいるだろう、そのリコール隠しをしていたクルマを売って生活をしていた。とはいってリコール隠しなんてものは末端の営業マンは知るはずもなく、普通に仕事をこなしていたんだが、世間にリコール隠しが発覚して急転、一斉リコール!。いやほんとうにそのころは昼飯を食べる時間がとれないくらいリコール車両の引き取り納車を朝から晩までこなしていた。にもかかわらず会社は「今月はあと何台あがる(売れる)んだ?」などとバカなことを聞いてくる。ちなみにこの会社、オレが入社したころは70人くらいの会社で月に200台とかクルマを売っていたんだが、このリコール騒動のころは120人くらいで月に10台売っていなかったのである。そしてオレもリストラになり、その数ヵ月後には会社自体がなくなっていた。そんなハードな日々から開放された安心感からかオレはなにもかもすべてのヤル気が失せて、就職活動もすることなく部屋でネットばかり見ているひきこもり状態となっていた。たしかわずかばかりの貯金と退職金とで200万円ちょっとの現金と失業保険で実家暮らし。もうリコール騒動の前から自身のホームページというのは持っていたが、ひきこもり時代の頃からいっきにネット活動が加速していった。なにせヒマなので、さらに200万円などという現金を持ってしまったため、さきゆきの不安を無視するかのように、いや掻き消すように買い物病も発症。ネットでホラー映画のDVDをばかばか注文。本当に欲しいものがなにもなくなるまで買い続けた。そしてオークションに行き着く。DVDでは飽き足らず絶版のビデオソフトにも手を出すことになる。誰も予想つかないと思うが、これが毒豚師匠との出会いとなるのだ、、、
オレはある日、ゴブリンというイタリアのプログレッシブロックバンドが音楽を担当した【エイリアンドローム】というビデオソフトに入札した。じっさい観たことなかったし、地元茨城のレンタルビデオ店でも見かけた記憶がない。「これはレアだ!」と思って慌てて入札してしまったが、じっさいにはそれほどレアでもなくて、たまたまオレが通っていたレンタル店には置いてなかったというだけだったんだが。けっきょく競合することなく無事落札したわけだが、よく調べれば【エイリアンドローム】なんて他にもたくさん出品してるひとがいるだけでなく、おそろしくぼったくりな金額での落札だった。はっきりとは覚えていないがたぶん3千円前後。相場から大幅にはずれている。しかしこれを出品していたのが毒豚師匠だったのである。取引連絡でいきなりのフレンドリーというか、先にも書いたパラ語の連発。驚いた、というかひいた。モノが届くとオマケと書かれたDVD-R。中身は師匠本人が編集したゾンビ映画ダイジェスト。しかも素人感丸出しでおそろしく完成度が低い。なんでこんなものを送りつけてきたのだろう??とも思ったが、強烈なインパクトであったのは確かである。いちおうオマケをつけてくれたお礼なんかもして、するとそれにも返信が返ってきて、けっきょくメールのやりとりは止まらなくなった。しかもお互いにHPを持っていることが分かり意気投合してしまう。驚きだ。それまでにもHPを持っている出品者の方はいたのはいたが、特別に仲良くなったりしたことはなかったはずだ。しかもこの毒豚師匠のHP、これがまた完成度が低い。「なんなんだ?この素人感丸出しのHPデザインは?」という感じである。いまならブログなどのしゃれたデザインが簡単に作れるシステムがそろっていて、どのHPもこぎれいな感じで、オレの持っていたHPでさえだっさい感じだが、当時はそのオレのHPでさえまとまった感じのデザインだったと思う。なにしろまだ個人のHPならhtmlだけというのが常識である。その時代にあっても師匠のデザインはひどかった。この感覚である。オレが毒豚師匠にいちもくをおいたのは。まったく完成度なんてものを追い求めず、じつは逆にやりたいことがはっきりしていた。というかやりたいことしかやっていなかった。よくあるでしょ、javaやflashを使って凝りに凝った動きのあるトップページデザインなのに内容がなにもないHP。毒豚師匠のHPはゾンビと金儲けに終始していたのである。パチスロ攻略法、ロト6攻略法、そしてゾンビだ。さらに一番驚いたのが自作のHPバナーである。毒豚師匠自身の顔写真が使われていた。これのなにが驚きかというと、当時の映画系HPでは顔出しはご法度というか、HPは夢の世界で虚しい現実の世界は極限まで排除するというのが常識だった。天然でこんなことをしてしまう毒豚師匠はオレの憧れのひととなった。それでもまだHPに自分の顔写真をupするには時間が必要だったが。これが毒豚師匠との出会いである、、、
天然。これがオレにとっては重要であった。じっさいのところオレは金儲けにもゾンビにもさほど関心がなかった。当時既に師匠のHPの掲示板はゾンビフリークたちで大盛り上がりであったが、オレの存在はちょっと特殊だったんじゃないかと思う。そしてオレのHPの掲示板も当時盛り上がりのピークで日に10人以上からの書き込みがあったが、やはり毒豚師匠の存在は浮いているように思えた。にもかかわらずオレと毒豚師匠のメールのやりとりはほぼチャット状態で日に10件や20件は当たり前で、多い日は100件を超えるなんてこともあったと思う。好みの違うふたりがなぜこんなに仲良く惹かれあっていたかというと、それはお互いに相手に自分にないものを見付けて尊敬し合っていたように思う。師匠はオレがHPにあげていた日記をよく読んでくれていて、よく「ヴァレちゃんは文才がある」と言ってくれていた。でもそれはオレは違うと思っていた。オレはどちらかというと完全主義で完成度を求める人間で日記の文章を書くために「文章がうまくなる本」とかそういうのをたくさん、ほんとうにたくさん読んでいたし、ひとの日記の文章を読んでは「いいところ」と「悪いところ」をメモにとったりまでしていた。みんな知らないと思いますが、そんなことをしてたんですよ、オレ。よく見ていた日記で、小説家を目指している女の子の日記があって、このコは日記をまるで小説のように書いてしまっていて、ほんと「わかってないなー」などと正直思っていながら反面教師として毎日チェックしていた。おかげでフィクションとノンフィクションの違いを学んだ。日記で「暗い夜道を歩いていると、後ろから突然男が…!!」などと書いてはいけないのである。日記はノンフィクションなので「夕べ痴漢にあいました、本当に怖かった、暗い夜道は気をつけましょうね」と書いたほうがリアリティがある。起こった事実を先に、感想を後に。これが日記の書き方の定説である。まあ、そんなことはいいんですが、とにかくオレには文章の才能があったわけではなく、うまく文章を書く方法を学んだってだけなのです。オレには才能なんてものはない。でも師匠は違った。天才だった。先にも書いた顔写真入りのバナーもそうだ。この毒豚師匠、考えに考え抜いて顔写真をupしたわけではない。ふつうに天然で顔写真をupしてしまっただけなのである。天才だと思った。オレにとってはジミ・ヘンドリックスのようなひとである。そして師匠はオレのことを「努力家だ」と言ってくれたこともある、、、
オレは師匠の才能に憧れた。そしてマネをし始めた。夢の世界をブチ壊して虚しい現実の世界をどんどん出していった。でもそれは天然ではなく考えに考え抜いてそうしていただけである。マネはできても才能が開花するわけではない。師匠のマネのもうひとつにオレもオークションに中古ビデオを出品するようになった。経済的な理由もあったが、師匠を見ていて楽しそうだった。なにしろオークションがきっかけで本当に仲良くなってしまうということが起こり得るのですよ。このオークションの出品がまたさらに師匠との絆を深めていく。相場の変動情報を交換しあったり、DVD化情報なんかも協力して四方八方にアンテナを張り巡らし、つまり中古ビデオというのはDVD化されてないからこそプレミア価値があるのでDVD化というのは死活問題なのである。DVD化が予定されると中古ビデオの価値がいっきに下がるので在庫があった場合にはDVD化情報が知れ渡る前に「売れ売れー!売り切れー!」と。楽しそうでしょ。そしていまとなっては伝説的な第一回毒豚ファミリーオブ会が開催されるのである。これなにかというとただのオフ会である。誤字脱字だらけの天然毒豚師匠が「OFF会」を「OF会」と書いてしまったことに由来する。天才に違いない。これは師匠とネット上で出会ってから半年後くらいだったと思う。初めて本人と顔を合わせることになった。師匠は群馬からオレは茨城、そして埼玉からエマノンさん、愛知県は名古屋から蔵さん、が東京のナンバー5さんのセッティングにより東京でオフ会をしたのである。というよりも東京の漁場を荒らしに行くという気分だった。漁場、そう漁場である。オークションで中古ビデオを売るには売れる中古ビデオを仕入れなければならない。オレと師匠はすでに群馬と茨城から売れるビデオはすべて買い占めてしまったのである。東京しかない!、という想いは少なからずあった。各地で個人個人で活動していたお宝ビデオ探検隊が本当に隊になった瞬間であった。ってまあ、そればかりでなく、酒を飲んだり(師匠はまったくの下戸だったんですが)、キャバクラにも行ったし、サウナに泊まったし、メインはカラオケBOXでの編集ビデオの上映である。ナンバー5さんがビデオデッキの手配などみんなしてくれたっけな。そう、このころにはオレは毒豚師匠に心酔し過ぎて動画編集にまで手を伸ばしていた。まあ、無職でひまだったし。師匠は例によって超貴重レアゾンビ映画のダイジェスト映像、まぼろしのテレビ初公開バージョンの【ゾンビ】とかそんなの、オレはユーロトラッシュ系のエロ映画のコメンタリー付きダイジェストなんかを上映した。たのしかったなー。このオブ会、オレが参加したのはその後、名古屋と大阪である。そんなところの漁場までオレと師匠は荒らしてきた。日本の狭さと広さの両方をいっぺんに実感した、、、
オブ会…、本当に伝説になってしまったな、、、
さてさてそんな楽しい日々も終焉を迎える日が来てしまう。最初のきっかけはこうだった。売れるビデオがすっかりなくなって経済的に困窮した毒豚師匠。詳しくは分からないが、借金があったとか、別れた奥さんに支払う子供の養育費だとか、そんなのもあったらしい。ついにオークションで違法なコピー商品を売るようになったのである。いったいどんな心境でそこまでいきついてしまったのかは分からない。オレも「それはまずいんじゃないの」とは言った記憶がある。すると思った通りだが、2ちゃんねるに晒され、掲示板も荒れた。けっきょくHPごと削除、オークションIDも消えていた。これは通報されてヤフー側から削除されたのか、それとも自ら消したのか、それは知らない。とにかく毒豚師匠はネットから消えようとしていた。ちょうど同時期にミクシーというものが出回り始めて、オレも無事に招待されたので、とうぜん師匠にも招待状を送った。ところが「ワシはウエッブの世界からは足を洗いましたワイ」とかなんとかそんな返事でミクシーには来なかった。じつのところオレは毒豚ファミリーコミュなんてことも考えていたが、当の本人が来る気がないのでは仕方がない。まあ、他にも毒豚ファミリーコミュを作るにあたっては二の足を踏む理由はあった。言いづらいことですが、あまり毒豚ファミリーをよく思っていないひとたちもいたのである。違法コピー商品のことではなく、まあ、たぶん雰囲気的なものだよな。。やっぱり夢の世界を壊されたくないひとたちもいたということなんだと思う。そのひとたちと直接そのことについて話たりしたことないので想像ですが。そしていつのまにかオレはどっぷりとミクシーに浸かるようになって師匠とは疎遠になっていった。不定期にメールのやりとりがたまにはあったんですが。もちろん他のファミリーの皆さんともメールはしていたようです。2年くらい前までは。オレとの最後のメールもそのころです。このネットの世界から消え去っていた期間中に師匠はうつ病にかかり、メールの内容もおかしなものになり、ひとによっては迷惑メール、迷惑電話が頻発するようになっていたと聞きました。なぜかオレにはそんな酷いメールや電話はなかったんですが。不思議というか、オレと師匠とのあいだには奇跡的なバランスが保たれていたように思えます。これは死んだから、後になってそう思うのではなく、本当に前からそんなことを思っていました。インターネットの世界というのは相手の顔が見えない安心感からか、個人的な見解を、さも自分こそが正しいかのように声高に書き込んでしまう傾向があります。それはもちろんオレや師匠にもあって、いやそれどころかその傾向はむしろ強いほうで、実際に掲示板で喧嘩になってものわかれしてしまうなんていうケースもお互い多々ありました。迷惑電話や迷惑メールに悩まされたファミリーの方々も最終的には師匠を突き放してしまうことで2年前に決着を迎えたらしいです。これは責めてるのではなく、当然のことだと思います。オレが言いたいのは、オレと師匠の関係です。お互い我が強く頑固で極端なふたりでありながら、じつは一度も喧嘩になったことがないのです。メールの途切れる2年前の最後まで仲良しのままでした。これが奇跡的なバランスだったと思っているのです。いやほんとに努力したり意識して協調しようとしたりなんてしたことはないのに仲良しでした。似ているところと、違っているところの奇跡のようなバランスですよね。似過ぎていると、ほんのちょっとの些細な違いで喧嘩になり、違い過ぎるとただの知り合いになってしまう。オレは、これは自慢に聞こえてしまうかも知れませんが、よく師匠に褒められていたんです。先にも書いた「文才がある」から「ヴァレちゃんは女にもてる」とか。そしてオレも師匠にいつも憧れていた。師匠がネットから消え去ったいまも現実の世界をネットに持ち込もうとしているし、顔写真のupはむしろどんどん増えている。そして天然の誤字脱字、ピカソが晩年に子供のような絵を描くようになったように、文章に幼児性を持たせようという傾向も強くなっている。みんな毒豚師匠の影響だ。もちろん馴れ合いばかりではなかった。師匠から「みんなヴァレちゃんのことを怖がっている」とか「ナルシストなところがハナにつくんではナイカアー」などと指摘されたこともある。でも喧嘩にはならない。そしてその毒豚師匠も明らかにオレの影響で日記をHP内に書くようになった時期があった。ほんとに短期間でしたが。けっきょくは「ワシはヴァレちゃんのようには書けんワイ」と終わってしまいましたが。そりゃそうである。天才は天才にしかなれないのだ。オレが天才にはなれないように、、、
ファミリーの皆さんにはそれぞれの毒豚師匠にたいする想いがあるかと思います。なんか「オレこそが師匠の一番の親友だった!」みたいな感じになっちゃいましたが、オレ個人の見解では本当にそう思っているところはあります、じつは。それはもうだれにも分からないことなんですけどね。みんながそれぞれ「オレこそが!」と思っていればいいことなのかも知れないです。だってそう思いたいじゃない、、、
最後に、この訃報の一報をくれたちゃぶさんに感謝です。ちゃぶさんとも喧嘩になったことありましたよね。それでもメールくれて本当にありがたいです。じっさい「オレが死んでもだれも気付いてくれないんだろうなー」などと考えてしまうことがたまにあります。「あのひとさいきん見ないなー」で終わってしまいそう。でもちゃぶさんが教えてくれておかげで師匠の死を知ることができました。メールにも書きましたがこれからもつながっていましょうね。もちろん他のファミリーの皆さんも、、、
さてさて、これが本当に最後、この日記はタンブラーにupする。タンブラーはもはやアクセス数などまったく気にもしないブログと化しています。これは本当に。はてなの頃はけっこう気にしてたんですけどね。いまは達観したというか、仙人のような心境というか。いちおうミクシーから飛んでくることができるようになってはいますが、コメント欄もないですし。ただこれが本当の冥福を祈るという気持ちなんではないかと思っています、、、
ウッシシ、、、
テープエコーって良い雰囲気があるな、、、
メロトロンほしい、、、
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It is my instruments.
オープンリールが70年代な雰囲気をかもしだしていて、あやしい、、、
打楽器のほうはリゾートアイランドな雰囲気、、、





